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熊本家庭裁判所山鹿支部 昭和41年(家)1号 審判 1966年4月15日

申立人  田敏男(仮名) 外一名

主文

申立人等の氏を徳田と改氏することを許可する。

理由

本件申立の要旨は、申立人等の氏である。田は戸籍編成の際、徳田とすべきものを誤つて田とされたものと思われるところ、右の字は徳の古文字で、現行の制限漢字にないことは勿論、明治以降一般に使用されておらず、難読で通用しないため、申立人等も既に久しく、徳の字を使用して徳田と称し、特殊公用以外には全く用いておらない現況であるので、右を徳と改めることの許可を求めるというにある。

よつて審按するに、申立人等に対する各審問調書、申立人等提出の同申立人等および申立外田ウタコ(申立人田敏男の母)宛の第三者書信等を綜合すると、申立人等はその氏を戸籍上の記載に従つて田と書いても一般に「トクダ」と読まれず、かえつて徳の彳扁(ギョウニンベン)を遺脱したものと誤解される等の社会生活における不便から既に永年にわたつて右を徳と書き徳田姓を称して来たこと、これに対し世人も何ら怪しむところなく、申立人等および同家人に宛てた第三者の書信その他の往復文書等は悉く申立人等の氏を徳田と記載しており、公用文書等にも、戸籍関係証明書と納税告知書を除いては、すべて徳田姓が通用しておること等の事実が認められる。

もとより、氏の変更については、やむを得ない事由の存することを必要とし(戸籍法第一〇七条第一項)、右やむを得ない事由とは、その文理からいつても改姓しないことによつて本人その他の関係者が受ける物質的損害ないし精神的苦痛が多大で、同人等にそれを堪え忍ばせることが酷であると客観的に認められるような事情がある場合を指称するものというべきである(昭和四〇年六月二九日大阪高等裁判所決定、家庭裁判所月報第一七巻第一一号所載参照)が、かかる基準は右氏の改変が当該氏によつて表象される人の同一認識を全く変えるような場合、すなわち池田姓を佐藤姓に変えたり、乃木姓を東郷姓に変えるような場合に妥当するものであつて、これと異り右同一認識を変えるものではなく、氏の識別性の不完全を補足するものとみられるもの、例えば本件田という氏ののように読み難く、かつその字体的形容から徳の字の彳扁が遺脱された欠損字ではないかという感を与えるようなものについて、これを通常人なら誰でも読め、かつ欠損感のない徳という字に改めるというがごときことは、右氏の同一認識を変ずるものでなく、氏の識別力を補い強めるに過ぎないものであるから、このような場合は必ずしも前記のやむを得ない事由をその文理通り厳格にしぼつて解する必要はなく、合目的々に緩和して解釈する余地があるものというべきである。

けだし、氏の現代的ないし法律的意義は人の同一性を識別する標識というところにあるものであるから、その識別性に難点のある氏は元来氏として適格を欠くものというべきところ、氏の識別性は通常その呼称文字の形象と表音に存するものであるから、形象が不整不完全であつたり、表音に難点があるものであつたら、当該氏は識別の標識として不適当であり、これを整正完全な形象にし、かつ音読し易いものにするという方向に向つての改善は、識別機能としての氏に内在する自己完全化への自然的要求で、それはいわば画龍に晴を点ずる式の自己完成であつて、決して変身でも脱的変身でもないものであるということができ、右方法限度における改氏は当然許容されて然るべきものと考えられるからである。

このことは、今日教育漢字、当用漢字ないし制限漢字等の制度により文字に対する一般の認識方法が著しくせばめられている社会的現実との調和からも妥当視し得ることであると思われる。

しかして、当裁判所裁判所書記官林光生の報告書によると、当裁判所職員ならびに同裁判所に訴訟、調停、審判その他の用務をもつて訪れた一般人を対象として質問紙法により調査した結果によると、の字を音読し得たものは対象者全員のわずか二%、徳の字に似ているが実在しない虚字ではないかと回答したもの一五%、徳の字の彳扁を遺脱欠損した誤字(不完全な文字)ではないかと判じたもの三五%、回答不能者四八%で、徳の古体文字(完全な文字)と正解し得たものは零であり、かつ回答者中の九二%が斯かる文字を使用する姓は不適当であるとの意見を述べている事実が認め得られる。

そうすると、右田のはほとんど表音性に欠け、かつ徳田の徳の不完全文字(欠損文字)ないし誤字と考えられているという一般的な傾向の存することも実証的に明らかである。

叙上の事実を綜合すると、氏田より氏徳田の方がその形象の完全性と表音の明確性において格段に勝れ、人の同一性を識別する標識として遙かに適格性のあることは明らかであり、なお右田を徳田と改めることは当該氏の同一認識を変するものではなく、同一認識内における形象の修正化ないし完全化に過ぎないものとみることができるので、結局本件申立人等の改氏理由は戸籍法第一〇七条第一項のやむを得ない事由を合目的々に解する限り、これに包摂し得るものと考えるので、本件申立はこれを許可するを相当と考え、主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川晴雄)

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